自分が自分であることの証明は難しい?

 皆さん,「そして,誰もいなくなった」という藤原竜也さん主演のドラマをご覧になったことがあるでしょうか。このドラマでは,ある日突然,行政の個人情報がまるごと何者かに乗っ取られ,自分が自分であることが証明できなくなる,そんな設定がされていました。 そんなドラマのような相談が,当事務所でもありました。

 ある相談者Aさんが某区役所である手続きをしようとしたところ,身分証明書がないうえ,知らない人物に勝手に住民登録を移され,しかも,その人物が運転免許証を取得したため,役所がその人物をAさんであると扱うと言われてしまい,生活に支障を来し,困っているということでした。 Aさんは,お母さんを頼りに20年ぶりに実家に帰りましたが,既にお母さんは末期の癌で入院していました。もちろん,お母さんは間違いなくAさんが息子であると言ってくれましたが,役所はAさんをAさんだと認めてくれませんでした。その後,様々法律相談を巡りましたが,どこもまともに取り合ってくれなかったそうです。

 そんなとき,私の事務所に相談に来てくれました。私は,まずはDNA検査を受けることを勧めました。当然,お母さんとAさんは息子であるとの検査結果が出ました。しかし,それでも役所はAさんであるとは認められないとのことでした。

 そこで,私は,勝手に住民票を移した人物を公正証書原本等不実記載罪で告訴することとしました。当初,警察も半信半疑のようでしたが,粘り強く交渉した結果,告訴は受理され,この人物は結局,有罪判決を受けました。

 お母さんは,刑事事件として受理されたことを知って安心したのか,警察でのDNA鑑定を終えた直後,亡くなってしまいました。親の子供に対する愛情の深さを実感しました。

 この後,私は役所に住民登録をしにAさんに同行しました。このときの役所の対応はもはやブラックユーモアともいえるものでした。役所はAさんに「住民登録されるなら身分証明書を提示してください」と言ってきたのです。私は呆れかえってしまいましたが,このようなこともあろうと経過を記載した弁護士名義の書面を作成して持参していました。役所は,私のこの書面をもってようやく,AさんをAさんと認め,住民登録をし,身分証明書の発行にこぎつけたのです。

 自分が自分であることの証明って,こんなにも難しいものなのか,私は身をもって知りました。また,Aさんには大変に喜んでいただき,今後も依頼者のために全力で頑張っていきたいと決意させていただいた事案でした。

屋宮昇太